他者を悪者に仕立てて責めたいときの本音 〜怒りは二次感情〜











ひとの悩み 苦しみ

人間関係から生まれていることが
最も多いかと思います。







セッションでお話しを伺っていても、その殆どが、必ず自分以外のひとが登場します。


誰々の言動が納得いかない と

相手がいて、その相手への不満、相手を責めている思い、怒りを話されることが殆どです。






いつもお伝えしていますように、
思いは、物事=事実に触れて、"個の私"のコントロールなしに現れるので、不満や怒りを感じることは悪いことではありません。

思うことの否定をしているのではありません。








今、その思いが現れているなら、
それが事実です。
真相の顕現です。

他の記事でもお話ししているように
パン!👏 て現れ、
その思いに気づいた時には、終わっています




「腹立つなぁ」

終わり。


完結してます。








けれども、自然に現れ、自然に終わってくれてる思いを掴んで、執着して、手をつけて問題にしてしまうことで、悩み苦しみに発展させてしまっています。





「ひとこと言ってやらないと気が済まない」

「相手にわからせてやりたい」

「私があなたに◯◯してあげたんだから、もっと私に感謝して、崇めなさいよ」

などなど…







JIONは、テレビを見ないので、
ネットで天気予報を見る時についでに、
ヤホーニュースも少し目を通す程度ですが、

ひとがひとを攻撃するニュースは
後を絶たないですね…






仕事仲間
知人 友人
夫婦 パートナー
親子   家族 親族





かつては愛し合っていた同士
本当は愛し合いたい大切なひと
本当は仲良くしたいひと
仕事など協力し合う関係性


色々な人間関係の中で、
他者が “私“ の思い通り、期待通りの振る舞いをしないことで相手を責めたり、否定したり、不機嫌な態度で圧をかけたり、言葉や暴力で攻撃したり…



相手は反論するか、または距離を置いたり、去っていきます。






失ってからやっと気づく。

そこまでのことにならないと
気がつかない。



あたりまえを失って後悔して、
喉元過ぎたら忘れてまた繰り返す。



人間(=自我的意識)てもんは 
本当に愚かですね…




JIONも昔は、その愚か者の一人でした






JIONが、このサイトを立ち上げたときから
ずっとお伝えしていること、
ご縁をいただいた方へ直接おはなしさせていただくこと、

それに何かを感じてくださり、
セッションを受けられるご本人に取り組んでいただくことは、

己事究明


です。






悩み、問題の悪者探し、悪者創造のお手伝いはしていません





一個一個の悩み・問題の解決や、
セラピー(癒し)ではありません







ひと と呼ばれる このもの 
わたしたちが、本当に求めていること、


あなたが本当に求めていることは 
何でしょう







今、苦しんでいても 苦しんでいなくても
ひとが本当に求めていることって
日々を 安心して、穏やかな気持ちで
過ごせることではないでしょうか







ひとが本当に求めてる安心、穏やかさとは、

お互いにコントロールされることのない自由さや、

身の安全が確保されていること、

対等な人間関係、

奪い合いや、責め合い、争いのない暮らし 


このような感じではないでしょうか









なのに、ひとは
他者と比較して、

何かを沢山得ることで安心しようとしたり
(モノ・お金・他者からの称賛や承認)

特別な何かに成ることで安心しようとしたり
(肩書き・地位や名誉)

自分が優位な立場になることで安心しようとしたり…


それらを死守するために無理して頑張り続けてなんか苦しい… みたいな。。







そういった外側のことは、
必ず変化し、いずれ失われるものですから
真の安心はいつになっても得られません





比較やジャッジは
二元対立の世界です
安心とは真逆です






本当は、仕事先や、知人友人、
パートナー、家族と
調和したい 仲良くしたいのに、
他者との関係性が常に
勝ち負けだったり

自分と同じじゃない他者の価値観や言動、
考え方を認められなくて嫌ったり
避けたり、責めたり、攻撃したり





そうして自身が調和とは逆の状況に陥り、
また悲しんで、苦しんで、
ああ、これまた同じパターンだと、
さすがに気づきはじめる




「外側じゃない。相手じゃない。
 己なんだ」

と。







JIONはそうして、
10代からの生き苦しさや鬱や
人間関係で起きた問題は、

自分だけの正しさ=自分だけの正義=観念


が大きく影響していたと、
40代後半でやっと、やーっと気づけたのです







思い通りにならないと、いつも他者が悪いと相手のせいにして、人間関係がうまくいかないパターンを繰り返している方は、まずはここに気づけるといいですね。

自覚しないと改善のしようがないですから。。。





じゃあ、観念を捨てればいいのね。
と思われるとおもいますが、
そう簡単にいきません
観念をひとつ浄化しても、ゾンビのように(笑)次々出てきてキリがありません





観念を手放す・浄化するなどの取り組みは
途方もない時間がかかりますし、
生き辛さ、生き苦しさの根本の完全解決にはならないので、現在のセッションではやりません







なぜなら、言葉はすべて観念だからです

ひとは なかなかここに気づけません







そして、
個の私が実体を持って存在している
という 思考の勘違い

観念のラスボスが 私 です







私 という個人、主体があると思い込んで
いるので、

"私が相手にこんなこと言われた"
"私が相手にあんなことされた"

と、思うわけです








本当は、徹底して事実のみ
考え方には手をつける必要ないのですが、


人の争いが生じる原因に気づいていただけたらと思い、一般的な、心理学的な内容でおはなしします




まずは、今、怒りがあるならそれが事実ですから、怒りがあるままに、否定したり、消そうとしなくていいです、と何度もお伝えしていますが、




単に事実をお伝えしているのであって、怒りっぱなしでいいという意味ではありません。

また、怒りのままに、相手を攻撃していいという意味ではありません。
誤解しないでくださいね。





怒りは二次感情なので、怒りに変わるまえの
最初の思いに気づいてくださいと、
ご相談くださった方にはお伝えしています。




でも、皆さん、なかなか見ようとされません。。

相手が悪いって、ずぅーっと思ってます 泣


JIONは悲しくなりまする。。。

相手ではなく 己を見てくださいと伝えてます。






相手のせいにしてたら、楽なんですよね
自分の本音を自覚するのは苦しいから






何度もお伝えしますが
ことごとく 自分のことなんです。





ですが、
誰が こうした ああした
誰が こう言った ああ言った


許せない




なぜ許せないんでしょう
なぜ怒りを感じるのでしょう
なぜ責めたいのでしょう





しつこいですが(笑)
その思いはあっていいんですよ


個の私のコントロールなしに現れる。
色んなことを思える。

"思える" は万人共通の ひとに備わっている機能ですから、
今、その思いがある、ということが事実です。だから何を思っても全然OKです。

生きてる証です。






ただ、思いの "内容" は、人によって違うので、万人共通の事実ではないんです。

同じ出来事に対して、
人によって思う内容は異なりますよね?






【今、思えている】 ということは事実ですが、思いの内容は 万人共通の事実ではない ということです。


ゆえに、
自分だけの正しさ=自分だけの正義は、
絶対的に正しいとは限らないんです。







誰々が ("私"に) こんなことした あんなことした

誰々が ("私"に) こんなこと言った あんなこと言った




なぜ許せないんでしょう
なぜ怒りを感じるのでしょう
なぜ責めたいのでしょう






あなたにとって
身近なひと
大切なひと
好きなひと
愛しているひと
関係の深い人だからですよね


関係の深いひとだから、
その人の振る舞いに傷ついたんです





どうでもいいひとだったら
なんにも気にならないですよね





そして、
皆さん、相手に伝えるときに
自分の本音に気づかないまま、
故に、本音を伝えずに
あなたがこうしたからああしたから私は怒ってるっていう伝え方をするから、

相手も
「なにをー?!こっちのせいかよ( *`ω´)」ってなって、悪化しちゃうんです







あなたがこうしたからああしたから怒ってる
っていう伝え方は、ただただ経緯の説明です。それだと相手は、ただ責められているとしか感じません。相手も当然、嫌な気持ちになります。


経緯の説明ではなく、
あなたの素直な本音=感情を伝えないと
相手はあなたの本音を理解できません。






話してくれなくて 
聞いてもらえなくて
わかってもらえなくて
向き合ってもらえなくて
誘ってもらえなくて



("私"が) 避けられている感じがして
("私"が) 大切にされていない感じがして
("私"を) 蔑ろにされている感じがして


"私" は 


悲しかった



寂しかった



と。









でね、これね、

多くの人が、勘違いしてるんですよね
悲しい とか、 寂しい
という感情

かっこわるいと決めつけている人
多いと感じます



 



悲しい
寂しい
この思いを認めたら、ましてや相手に伝えたら、
自分は負けだとか、かっこわるいとか、
立場が下になるとか…


プライドが高い人が、このような傾向が強いですね

(はい、過去のJIONです σ^_^;)






本当にプライドの高い人が存在しているんじゃないんですけどね。

自我的意識の習性みたいなもんです。









怒りに変わる前の素直な本音を伝えることで、相手にもちゃんと伝わります











逆の立場だったたらと考えたら
わかりますよね。

ただ普通に過ごしていたのに、一方的に、おぬしのせいでとか、おぬしが間違ってるとか
、いきなり責められたら、
「は?」
「なにをー?!( *`ω´) 」
「ひとりで勝手に思い込んで不機嫌になってるのをこっちのせいにするなー!」

てなりません? 笑





お互いにどんどん素直から遠ざかって
すれ違っていってしまいます 泣




本当は仲良くしたいのに
そんなの悲しいじゃないですか





最後にもう一度
本当に求めていることは何でしょうか




自分だけの正しさを誇示して
相手を責めて、
相手を言い負かして、
相手より上になって、
相手の言動を自分の思い通りにすることが
あなたの本当の望みでしょうか。

(そもそも、相手より上って、なんやねん 爆)







それとも、心から安心できる関係性であることでしょうか








自分の本音から目を背けて

相手のせいにする


これが、悪者を創り出し争いが生じる原因です









本日も最後までお読みくださり
有難う御座います








Beautiful Harmony

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